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京都地方裁判所 昭和42年(わ)385号 判決 1967年7月11日

被告人 孫進道

主文

被告人を罰金参万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金四百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

未決勾留日数中六拾日を壱日金四百円に換算して右刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

被告人は暴行の点は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は日本の国籍を有しない朝鮮人であるが、昭和二十五年一月二十三日山口県厚狭郡埴生町長から外国人登録証明書の交付を受け、その後施行された外国人登録法十一条の規定により、同二十七年十月二十八日前三十日以内に、その居住地所轄の飯塚市長に対し、登録原票の記載が事実に合つているかどうかの確認を申請しなければならないのに、これを怠り、その申請をしないで、本邦に在留したことなど外国人登録法違反等の罪で、京都簡易裁判所がなした同四十一年九月二十一日付略式命令について、即日同裁判書謄本の送達を受け、右裁判は同年十月六日確定したにもかかわらず、同年九月二十二日以降居住地所轄の市区町村長に対し前記確認の申請をしないで、右規定の期間をこえて引続き本邦に在留しているものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

外国人登録法第十八条第一項第一号、第十一条第一項(罰金刑選択)

ほかに刑法第十八条、第二十一条、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文

(弁護人の主張について)

弁護人は、被告人の判示所為は、さきに確定裁判のあつた外国人登録法違反罪の継続犯として、これと一罪を構成するのであるから、既に確定裁判を経たものとして免訴の言渡をなすべきであると主張する。

(一)  おもうに、外国人登録法第十一条第一項の規定による登録原票記載の確認申請義務違反の罪は、法定の申請期間の徒過によつて既遂となるものではあるが、その期間経過後もなおこれが確認申請をなすべき義務を有し、そのこれをしないかぎり不申請による法益侵害の状態が継続し、その継続する行為を包括的に把握した単一のいわゆる継続犯の一種と解するを相当とする。そして、右のような継続犯が、その行為を対象とする確定裁判の前後にわたつて行われた場合には、右確定裁判の既判力の及ぶ客観的範囲は、その事件における事実審理をなし得べき最後の日(例えば略式命令謄本が被告人に送達された日)までとし、それ以後に行われた所為に対してはその既判力は及ばないと解するのが、訴訟法の理念と刑事政策の見地から最も合理的であると考えられる。

これを本件についてみるに、判示認定のように、被告人は確認不申請による外国人登録法違反等の罪で、京都簡易裁判所がなした昭和四十一年九月二十一日付略式命令について、即日同裁判書謄本の送達を受け、右裁判は同年十月六日確定したのであるから、右裁判の既判力の及ぶ客観的範囲は同年九月二十一日までのものを限度とし、被告人の同月二十二日以降引続きその確認申請をしないことを内容とする本件所為は、たといその不申請による法益侵害の状態が前後継続しているとしても、右確定裁判を経た罪とは別に新たな法的規制を受け、それとは独立した違反罪を構成するものといわざるを得ない。弁護人の主張によらないゆえんである。

(一部無罪について)

本件暴行の公訴事実の要旨は「被告人は昭和四十二年四月三日午前零時過頃、京都市東山区渋谷通東大路東入る路上において、横道仁の顔面頭部を手拳で殴打し、胸部に頭突きを加えた」というある。

そこで、被告人および証人横道仁の当公判廷における各供述並びに被告人および横道仁、原田秀雄の司法警察職員に対する各供述調書を総合すると、およそつぎのような事実が認められる。すなわち、被告人は大津市膳所町所在の飯場に寄宿し土工として働いているものであるが、昭和四十二年四月二日夜、かねて行きつけの京都市下京区塩小路通高倉南入西側向畑町酒場「ふじ」で飲食した際、その代金約九千円の持ちあわせがなかつたため、数日後に支払う旨一応の了解を得たところ、同店の経営者横道仁が即時現金で支払うよう強く要求した結果、同人が被告人についてその寄宿先まで代金を貰いに行くこととなり、翌三日午前零時二十分頃タクシーに同乗して出発した。約五分過ぎて前記渋谷通東大路東入る地先路上にさしかかつた頃、横道は、深夜膳所の飯場までついて行つて果して代金の支払いを得られるかどうかについて不安を感じ、行くことがいとわしくなつたので、一人下車して引き返えそうとしたところ、被告人は却つて飯場まで同道するように云い、当時かなり酒気を帯びていた横道は、酒の勢いもあつて、被告人との間で「一緒に行こう」「行かん」などと云い争ううちに、被告人の態度に憤慨し、一層被告人を下車させて話をつけようと考え、同所付近の路上で停車させたうえ下車し、被告人にも下車を促した。しかるに、被告人はこれに応じないで、ドアを閉めそのまま発車させようとしたので、横道はドアを開き、被告人の襟首を掴んで無理に車外に引きずり出し、所携の洋傘で被告人の頭部を殴打したり胸部を突いたりした。そこで、被告人はこれを防ぐつもりで、横道の身体を掴えその胸部に頭突きを加え、これをきつかけに、相互に手拳で殴り合い掴み合いをするに至つたのである。もつとも、前記証拠中には、被告人が横道によつて引きずり出されるや、まず同人に頭突きなどを加えたかのような趣旨の供述記載が見受けられるけれども、この点は、その余の証拠の供述等に照しにわかに信を措き難いものがある。

かようにみると、横道が被告人を車外に引きずり出して洋傘で殴打したりした所為は、まさに、目前にさし迫つた違法の侵害行為というべく、被告人が横道に頭突きを加えたりした所為は、その侵害行為に対し、自己の身体等を防衛する意思のもとになされた已むことを得ない反撃行為と認めるのが相当である。その行為の過程において、相互に殴り合いや掴み合いの所為があつたとしても、被告人のそれは、相手方からの予期しない侵害行為に対し、自己を防衛する行為の一環としてなされたものと認めるべきであつて、前記認定を左右するに足りない。

されば、被告人の前記暴行の所為は、正当防衛行為として評価されるべきであるから、その行為の違法性を阻却し罪とならないものと断ぜざるを得ない。刑事訴訟法第三百三十六条前段を適用して無罪の言渡をする。

以上の理由により主文のとおり判決する。

(裁判官 橋本盛三郎)

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